西九州新幹線を考える。

 

 

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西九州新幹線 武雄温泉-長崎間が2022年秋に開業する。これまで、主に長崎新幹線と呼んでいたが、西九州新幹線が正式な呼称に決定した。

www.jrkyushu.co.jp

しかしながら、新鳥栖ー武雄温泉間は依然白紙のまま。当面は、武雄温泉で在来線特急との乗り換え方式(リレー方式)での営業を余儀なくされる。このままでは、時間短縮効果はわずかなもので、まったくこれまでの投資金額と見合わない。やはり、新大阪ー長崎間直通の新幹線が走って初めて西九州新幹線の意味がある。

話が進まない理由は佐賀県がフル規格の新幹線の建設に反対しているからだ。なぜかというと、佐賀県としては、FGT(フリーゲージトレイン)前提で新幹線建設に賛成したところ、国とJRがFGTを断念して、フル規格で建設しようと言いだしたからだ。佐賀県としてフル規格にして困るのは、長崎本線並行在来線扱いになり、JRから切り離される危険性があるからだ。そうなると、佐賀県としては、新幹線建設の県内分に加え第3セクターの鉄道会社の経営の財政負担を負うことになる。わずかな時間短縮に全く見合わないというわけだ。

これを打開するため、最近になって、佐賀空港経由案など、さまざまな案がでてきた。ここでは、これらの案を検証するとともに、私なりのベストの案を考えてみたい。

 FGT案

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FGT案

当初案である。途中駅に関しては、発表はされていなかったが、おそらく佐賀、江北(現・肥前山口)ということになっていたと思う。ただ、FGTということなので、期間中のみ、バルーン佐賀にも停車させるなど、柔軟な対応が可能だろう。

フリーゲージトレイン(FGT)とは何か知らない人のために補足しておくと、軌間の異なる、在来線と新幹線の線路を台車の車輪幅を可変にすることで、両方走行できるようにする技術である。この開発が成功していれば、西九州新幹線に限らず、あらゆる在来線に新幹線直通列車を走らせることが可能(渡線の建設は必要)になり、例えば成田空港発、新大阪行きのような列車の設定も可能になっていたはずなのだが、残念ながら技術的問題で断念してしまったのである。

ja.wikipedia.org

既に廃案になった案なのだが、もしこれが実現できていたらどうだったのか。いくつかの観点で考えてみる。

 

速達度    ★☆☆☆☆

建設コスト  ★★★★★

工期     ★★★★★

佐賀県満足度 ★★★★★

 

まず、速達度だが、ここでは長崎ー博多間の所要時間で比較してみる。下記リンクの別紙2「九州新幹線(西九州ルート)の整備のあり方について (比較検討結果)」(国土交通省)によると、長崎ー博多間の所要時間は、1時間20分とリレー方式からの短縮効果はわずか2分に留まる。それもそのはずで、FGTといえども、武雄温泉ー新鳥栖間は在来線を走行するわけで、在来線特急と変わらず、新鳥栖ー博多間は新幹線ルートを走行するものの、軌間変更にも時間を要するため、わずか2分の差となったのだろう。

 

www.mlit.go.jp

 

 次に建設コストであるが、ここでは、FGT自体の開発コストは含まない。在来線区間狭軌のままでよく、渡線と軌間変更用の設備を建設するだけでよい。コストは最小である。工期についても、最小である。佐賀県満足度も最高である。これこそ、本来佐賀県が望んでいたプランであり、平行在来線問題も発生しえない。

 

ミニ新幹線

ルートはFGT案と同様である。ミニ新幹線とは、秋田・山形新幹線と同様、在来線を標準軌または三線軌に改軌して、新幹線と直通させるという方式である。ルートはFGT案と同じである。

 先の国土交通省資料によると、ミニ新幹線にも、単線並列方式と、複線三線軌方式があり、それぞれに費用、工期、所要時間などを比較している。

まず、単線並列方式から見てみる。こちらは、現在複線の長崎本線のうち片側を標準軌に改軌し、新幹線と在来線をそれぞれ単線として運用するプランである。それぞれが単線になってしまうので、当然、駅以外での行き違いは不可能になり、待ち合わせ時間が発生してしまう。在来線の所要時間を犠牲にしたわりに、新幹線の所要時間も長崎ー博多間1時間20分と、リレー方式からわずか2分短縮とFGTと変わらないというなんとも中途半端な案である。

次に、複線三線軌方式であるが、こちらは、現在の複線を両方とも三線軌に変更するという(単線並列方式と比べて)至極真っ当なプランである。所要時間も長崎博多間1時間14分と少しは短縮効果が見込める値となっている。

問題は工期である。先の資料にはいくつかの施工方法が載っているが、一番真っ当な列車を通常運用しながらの工事の場合、18年もかかると見積もっている。18年もの間、リレー方式を続けるなんてありえないし、その結果が8分の短縮じゃ割にあわない。

今から思えば、最初からFGTなどという確立していない技術を選定せず、ミニ新幹線と決めており、2008年の長崎新幹線着工と同時に工事を始めていれば、2026年には開業できる計算となり、これが一番よかったのではないかと思われる。今から言っても後の祭りだが。(星取表は複線三線軌方式の場合)

 

速達度    ★★☆☆☆

建設コスト  ★★★★☆

工期     ★☆☆☆☆

佐賀県満足度 ★★★☆☆

 

新鳥栖接続案

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新鳥栖接続案

これ以降はフル規格で新幹線を建設する案である。まずは、新鳥栖接続案。現在佐賀県以外の関係者間で一番有力となっている案である。ほぼ、長崎本線に平行して建設され、途中駅は佐賀のみとした。江北(肥前山口)にも駅を設置するという案もあるが、現状でも、肥前山口を通過する特急「かもめ」が存在すること、駅間距離が短くなりすぎて時間短縮効果が発揮できないことなどから、佐賀駅のみとした。先の国土交通省の資料でも「佐賀市付近」のみとなっている。

佐賀市付近」と佐賀駅併設を明記しない理由は、佐賀市街地における用地取得や、立体化、地下化などで建設費が高騰すること懸念して予防線を張っているだけで、実際にはこのルートをとるならば、佐賀駅併設以外の選択肢はないと思う。中途半端に佐賀駅から離れた場所に新幹線単独駅を作ったところで、過疎駅になるだけ、大半の利用者は、在来線を利用して、新鳥栖、あるいは武雄温泉乗り換えを選択するだろう。

 

速達度    ★★★★☆

建設コスト  ★★★☆☆

工期     ★★★☆☆

佐賀県満足度 ★☆☆☆☆

 

まず速達度であるが、長崎ー博多間51分とリレー方式から31分の短縮。長崎ー新大阪間に至っては、45分の短縮で3時間15分。これなら十分航空機に対抗できる速さである。建設費こそそこそこ嵩むものの十分に経済効果が期待できる速達度だ。該当区間の大半は平坦な佐賀平野佐賀市街地の用地買収費用はそれなりに掛かるかもしれないが、工事的な難しさはなく、工期が伸びる要因もあまりなさそうだ。国や、JRがフル規格を推すのは十分理解できる。

ただ、佐賀県は面白くない。佐賀博多間の時短効果は、わずか15分。それでいて建設費の負担がのしかかってくる。しかも、長崎本線並行在来線としてJRから切り離されると、運行本数の削減などで、逆に不便になる地域も出てくる。

もっとも佐賀県も決して一枚岩ではない。最近では「フル規格促進佐賀県民会議」なども立ち上げられ、賛同する議員も増えている。

@full.shinkansen.saga

なんだかんだ言って今の時点で最も有力な案であり、近い将来案外すんなりとこの案で通ってしまうかもしれない。

 

佐賀空港経由案

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佐賀空港経由案

 JR九州初代社・石井幸孝氏が提唱する佐賀空港を経由する案である。

 

www.nishinippon.co.jp

 佐賀空港ハブ空港化し、新幹線をアクセス鉄道にすることで、長崎、佐賀、福岡3県の未来が開けるというのが、石井氏の主な主張である。

まず、指摘しておきたいのは、氏は、「佐賀空港-博多間は所要25分である。」と書いている。しかし現状、博多ー筑後船小屋間で25分掛かっている。佐賀空港ー博多をノンストップで走らせるおつもりだろうか。その割には、柳川に新駅を作って西鉄と接続するなど、駅をたくさん作ろうとしている。

佐賀空港のハブ化の是非については、まだ、「北九州空港のほうが可能性がある。」とか、「博多湾玄界灘海上空港を作るべき」とかさまざまな声があるが、それは航空行政の話題となるため、ここでは深堀しないでおく。ここでは、あくまで新幹線としてどうあるべきかという観点から考えたい。

 

速達度    ★★★☆☆

建設コスト  ★★☆☆☆

工期     ★★★☆☆

佐賀県満足度 ?????

 

まず速達度からである。少なく見積もっても、新鳥栖接続案と比べて、12、3分は余計に時間が掛かる。長崎博多間で1時間4分と、18分の短縮となる。より問題は、新大阪ー長崎間が、3時間28分になってしまうことだ。私がANAの社長なら、新幹線に対抗して伊丹ー佐賀便を開設するだろう。佐賀空港が新幹線直結になることで、飛行機の時間的優位性が顕著になる。

建設コストはどうだろう。距離的には大差ないだろうが、こちらは、少なくとも3か所に長大橋梁の建設が必要だ。石井氏の主張では、佐賀県部分の距離は短くなるので、佐賀県の分担金は安くなるとの目論見だが果たしてどうであろうか?また、福岡県として分担金の負担が発生するが、こちらも、福岡県を納得させるだけのうま味があるかどうか疑問である。

先日、佐賀県の方から、佐賀空港経由案について検討対象にするように国とJRに申し出があったようである。この案により佐賀空港自体が拡張され増便されること自体は佐賀県にとって喜ばしいことかもしれないが、佐賀空港利用者は、長崎や博多にすぐに移動してしまい、佐賀県に金を落とすことはほとんどないのではないだろうか?

 佐賀県にとって好都合なのは、在来線が新幹線ルートと大きく離れるため、平行在来線扱いをまぬかれることぐらいだ。でもそれは言い換えれば、佐賀県民(特に佐賀市民)にとって、新幹線利用の機会がほとんどないと言っているのと同じである。

 

博多直結案

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博多直結案

 先日、佐賀空港経由案以外にもう一つ佐賀県が検討を依頼したのが、長崎自動車道沿いに佐賀市北部を経由して、新鳥栖に至るルートだ、佐賀市北部に駅を設けて、そこを流通拠点とし、貨物新幹線として利用するという案だ。やはり長崎本線と距離をあけ、並行在来線とみなされるのを回避しようというのだろう。建設費や所要時間の点で、佐賀駅経由の新鳥栖接続案と大差なく、一考の余地はあるかもしれない。

だが、このルートの場合、新鳥栖に接続するのではなく、ダイレクトに博多に接続してはどうだろうか?そう思って、博多直結案を考えてみた。

 

速達度    ★★★★★

建設コスト  ★★☆☆☆

工期     ★★★☆☆

佐賀県満足度 ?????

 

博多南までは九州新幹線の線路を走り、博多南の少し先から、佐賀市北部までトンネルで貫き、長崎自動車道沿いのルートで武雄温泉に至る。これまでで最短のルートである。新鳥栖接続案に比べ5分程度スピードアップできると思う。そうすると、長崎ー博多間、45分。長崎ー新大阪間 3時間10分となる。3時間10分といえば、筆者が幼少のころの、東京ー新大阪間の「ひかり」の所要時間と同じである。(当時は「のぞみ」は存在しないので「ひかり」が再速達列車であった。)航空機に対抗するのに十分な速さである。

建設コスト的には不利だ。山岳トンネルのコストが掛かる。ただ、福岡都心部は、新たな路線の建設が不要なため、おどろく程の高額にはならないのではないか? 5分のスピードアップに十分見合うのではないだろうか?

佐賀県としてのメリットはなにか?途中駅として、佐賀大和IC付近に「新駅(仮に新佐賀とする)」を設ける。これにより、佐賀県の標榜する、「流通拠点化」も達成できるだけでなく、博多への通勤利用も見込める。新佐賀ー博多は1駅区間となり、自由席なら特定特急料金が適用される。新幹線通勤が現実味を帯びてくる。博多から15分程度で最寄り駅に到達できると考えると、二日市ぐらいの感覚である。周辺の宅地化も進むだろう。

 

北回り案

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北回り案

半分お遊びで北回り案というのも考えてみた。博多から糸島、唐津を経由して武雄温泉に至るルートである。これなら長崎本線からは最も遠いルートになり、平行在来線問題は起こらない。佐賀県主要部は、新幹線とは無縁の生活となりそうだ。これは、半分お遊びのため、星取表はなしとする。

 

佐世保新幹線

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佐世保支線

最後に本論とは離れるが、どういうルートになるにせよ西九州新幹線が全線開通したあとの、特急みどり、ハウステンボスをどうするか考えてみたい。普通に考えると、武雄温泉乗り換えで、武雄温泉ー佐世保/ハウステンボス間の短距離特急を走らせることになると思う。 

しかし、それでは、佐世保としては面白くないだろう。佐世保ー博多間の所要時間は現在より短くなるとは言え、乗り換えが発生してしまう。観光客の導線を考えると、長崎と大差がついてしまう。

そこで、嬉野温泉の先から分岐し、大村線ミニ新幹線化してはどうだろう。こうすれば、博多ー佐世保直通の新幹線が設定でき、みどり、ハウステンボスの代替となる。新大阪ー佐世保直通便の設定も可能である。

なぜ、ミニ新幹線化を佐世保線ではなく、大村線にしたか。それにはいくつかの理由がある。まずは速度の問題。線形的にはかなり大回りになるが、フル規格部分の距離が長くなり、低速運行しなければならない距離はむしろ短くなる。また、早岐駅での連結分割、スイッチバック運転も不要になる。

もう一つの理由が、佐世保ー長崎間の県内新幹線の実現である。現在同区間は、快速シーサイドライナーが約2時間かけて結んでいる。これが新幹線なら、一部線形改良や、停車駅の絞り込みをすることで、45 分ぐらいで結ぶことが可能ではないだろうか?

長崎県として、県内2大都市が1つの経済圏になることの経済効果はかなり大きいと思う。

 

結論

西九州新幹線の経済効果を最大にし、佐賀県にとってもうま味のあるルートを考えると、私はやはり、長崎自動車道ルートからの博多直結案を推す。さらに、将来的に、佐世保ミニ新幹線化を行えれば、北九州全体にとって、西九州新幹線の存在意義が最大化できるのではないかと思う。